2013
04.25

島根県森林土木技術協会(協和地建コンサルタントも協会員として活動しています。)では、平成22年度から「しまね企業参加の森づくり」制度による森林ボランティアに取り組んでいます。私は、協会役員としてこの活動を担当し、既に4年目に入りました。最初はよく分からず始めた活動でしたが、丸3年もやってくると、こういったボランティアで実施する森林整備活動の面白さや課題も見えてくるようになりましした。

今後も、主担当者としてライフワーク的に取り組んでいきたいと考えていますが、丸3年を経て取組みを総括し、こういった活動が地域で展開される意義や今後のあり方などについて想うところをまとめてみます。

H24年度春の下刈り作業の様子

1.ボランティアによる森林整備活動の意義とは

現在実施している活動は、島根県森林土木技術協会(林野公共事業に携わる設計コンサルタントで構成される団体)が、民間の山林所有者の方と10年間の土地の無償貸借契約を結び、その間に竹林の伐採と新たな植林を行い、森林の再整備を行うというもので、平成22年に島根県によって創設された「しまね企業参加の森づくり」の制度に則って実施しているものです。島根県内では複数の事業者、団体がこの制度を利用して森林整備活動を実施されています。

当協会が対象としている山林は、松江市八雲町内の約1.0haの森林で、これまで3年間にわたって、計0.6ha、1,200本のヤマザクラを植林し、あわせてその下刈りを年2回ずつ実施してきました。植林や下刈り作業は、この協会に加盟する企業の従業員やその家族がボランティアで実施しています。こういった、地域の企業や住民などによるボランティアでの森林整備活動は、少しずつ注目されてきています。

我が国の森林を取り巻く課題は多岐にわたります。根本的には、林業が産業として成り立ちにくくなっていること。里山などの産業用の森林以外でも、少子高齢化と相まって荒廃が進んでいることなど、多々あります。この改善は一朝一夕には難しい訳ですが、少しでも森林に関する関心を高め、森林の有する多面的な機能を地域で活用しよう、という趣旨で行われているのが、我々が実施しているようなボランティアでの森林整備です。そういう意味ではシンボリックなものでしかないし、自己満足の領域を出ないものです。この活動がいくら進んでも、我が国の森林を取り巻く状況が抜本的に変わることはありません。

しかし、それでもやる意義はあります。そもそも、国土の大半を占める「森林」が一体どういうものなのか、“勝手に木が生えているだけではない”ということを馴染みの無い方に理解してもらうだけでも、やる意義はあります。そして、年数回の活動であれば、森林整備自体が身近なレクリエーションになり得ます。非日常である森林で過ごすひとときが、日々忙しく過ごす現代の生活におけるストレスの解消となり、明日の活力になる、ということもあるでしょう。

2.支援措置と専門家の協力が不可欠

3年間にわたり、ボランティアによる森林整備に携わって来て率直に感じるのは、「支援措置」と「専門家の協力」が不可欠だということです。

支援措置とは、金銭的な支援のことです。専門家とは、森林組合に代表される森林整備のプロのことです。この2つが無ければ、一般のボランティアによる森林整備など、全く形になりません。このことは、認識しておく必要があります。もちろん、“絶対に”とは言いません。自分の時間と私財を惜しまず、森林整備傾注する人たちがたくさんいれば、成り立つかもしれません。しかし、実際にはそうはいきません。普段は自分達の仕事を持つ中で、様々な活動の一つとして森林整備にも携わっている。そこで出来ることには限りがあります。だから、様々な形での支援と協力が必要な訳です。

支援措置については、現在二つの制度を活用しています。いずれも島根県が所管する制度ですが、「みーもの森づくり事業」と「緑の募金公募事業」です。両方とも、森林整備活動にかかる様々な費用を補助してもらうことができます。大変助かっています。一般の方への認知度はまだまだかもしれませんが、いずれの制度も最近活用される方が増えているようです。地域のボランティア団体など、地域における森林整備を目指す方々が中心に活用されています。森林を地域活動のステージとして捉え、地域内外の交流の場としたり、生涯学習の場としたりする試みと言え、県内でも多数実施されています。

専門家の協力については、当協会は事業実施以降、松江・八束森林組合の支援を受けて活動を実施しています。例えば、森林に植林をする際、いきなり植林が出来るようにきれいに整備された山林などありません。まず、植林ができるようにするための「地ごしらえ」という作業が必要になります。これが大変な作業です。当協会の対象地は、侵入竹林(元々雑木林だったところに竹が侵入してきて竹林になった)で、竹の伐採からスタートしました。何百本という竹です。一本切るのも大変だし、切ればいいというものではありません。切った竹の枝を払い、植林の邪魔にならないよう整えて斜面に置かなければなりません。この作業は、一般の方だけでは困難です。安全に、限られた時間で所用の目的を達成しようとすれば、森林組合など専門家の力は絶対に必要です。そのためにも支援措置として金銭的な補助が必須な訳です。

誤解を恐れず言えば、我々のやっている森林整備のボランティアとは、税金を使ってお膳立て(地ごしらえなどの環境整備)をしてもらった上で、植林作業などの見た目のいいところだけを担い、あたかも森林整備に貢献しているかのようにPRしている、というものです。しかしそれだけの支援を受けても、森林整備に取り組み、多くの方に体験して頂くことには意義があります。実際問題として、森林整備活動はものすごい重労働です。植林でも下刈りでも、休憩をはさんで2時間も作業すれば、普通の人はバテバテです。森林に手を付け、維持するのはそれだけ大変だということ。それが分かるだけでも違います。「森林の保全」や「森林の活用」という問題をどう捉えればいいのか、一人一人が判断材料を持つことができます。そして、多少であっても当該エリアの森林整備は進捗していきます。そういった実績を踏まえ、その活動に支援することが妥当なのかどうか、交付する行政側で判断頂ければいいと考えています。

3.成果が見えることで士気が高まり、幅広い参加者を得られる

森林整備活動に携わって丸3年。森林整備活動の面白さの一つに「結果が見えやすい」事があります。着手前には、うっそうとした竹林だったものが、地ごしらえにより伐採され、そこに少しずつ新しい木が植わっていく。それが徐々に増え、そして成長していく姿を目の当たりにできる。こういった「目に見える変化」というのは活動に携わる者にとって、特に、主担当として活動を推進している私にとっては大きな励みになります。

そして、複数年にわたって携わっていれば、その森林が「自分たちの森」だという認識も少しずつでてくるのではないかと思います。私は段々とそう感じていますが、一般の参加者の方はそこまでには達していないでしょう。しかし。この3年間の活動においても、毎回のように参加して頂いている会員各社の社員さんがいらっしゃいます。その方々とお話をするとき、「今後はどうするのか?」「こういうものがいるんじゃないのか?」など、ご意見を伺うことがあります。関心を持って頂いているからこそ、ご意見も頂ける。とてもありがたいことだと感じています。こういったご意見を踏まえ、平成23年度には、やはり支援措置を用いて山中に作業道及び階段工を整備しました。

また、昨年からは島根大学生物生産資源学部の学生さんもボランティアとして参加して頂いています。昔で言う農学部林学課にあたる学科の学生さんです。大学での学びの実践の一部として、実際の森林整備活動を体験して頂いています。このように様々な形で参加の輪が広がるというのも活動自体が成長していることを感じることができ、励みになります。日頃、森林の植生や生態系について学び、その保全や維持について研究する学生も、いざ現場に入れば、植生も生態系もどこかに吹っ飛び、植樹以外の植物をとにかく伐採して歩きます。それが現場の現実。それを知った上でこそ、大学の講義も実学に近づいていくでしょう。

H24年度秋の植林作業の様子

最後に、やはり経営者的視点でまとめておきたいと考えています。この森林整備活動、会社経営とも共通するところが多々あります。「森林」に着目すれば、ある時期良くない状態だった森林(会社)を、少しずつ改善していい方向に持って行く。外部の力や支援を受けてやり方を見直していく。新しい植樹を行い(職員を採用して)、育成していく。数年単位でみれば、その変化は明らかに分かります。その変化が分かれば、自分自身の励みにつながる、そう置き換えてもさほど違和感はないと考えています。そして、この活動全体をマネジメントするということ。毎回100名近い参加者を得て活動を行います。情報伝達、安全管理、コミュニケーション、役割分担、さまざまな配慮が無ければスムーズな活動はできません。そういった、いい経験をさせて頂いていることに感謝し、この活動自体のさらなる発展に向けて引き続き取り組んでいきたいと考えています。

2013
04.18

2013年4月16日(火)、島根県中小企業家同友会 松江支部4月例会が開催されました。この日は、『“サラリーマン”から“代表取締役”に ~リストラから始まった社長人生~』と題して、樋野電機工業有限会社 代表取締役 松坂好考さんから報告を頂きました。同社は、島根県松江市東出雲町で、制御盤の設計・製作を強みとした製造業で、県内外の幅広い取引先を持つ会社です。

松坂さんは、平成20年11月に、先代(現会長)から社長を引き継がれています。先代とは血縁関係が無く、全くの他人からの事業継承です。同族継承が多い中小企業において、社長就任まで常務取締役として長く会社を引っ張って来られたとはいえ、この重責を引き受けられるということ自体を尊敬します。また、就任直前に“リーマンショック”が起こり、その後も、東日本大震災、タイの水害、など製造業を取り巻く外部環境の激変に見舞われながら、会社の維持存続、そして事業の発展に向けて奮闘されてきています。今回、社長就任直後のリストラ、3Sの徹底、働きやすい職場づくりなど、これまでの取組みの一端を伺わせて頂きました。一部ですが、今回の私の学びをまとめています。

報告する松坂社長

1.社長の初仕事がリストラと賃金カット

報告の冒頭、「社長就任後の初仕事がリストラと賃金カットだった」ということを、まず話されました。前述のとおり、平成20年11月に社長に就任されていますが、その年の7月に正式に継承の打診があり、8月に受諾。その後9月にリーマンショックが発生、というタイミング。結果、急激な業績悪化に伴い、同年12月にはリストラ(人員整理)と賃金カットの実施を余儀なくされたそうです。もうリストラは絶対したくない、でもその時はそうするしかないと思った、と後悔の念を持って話をされました。

人員整理としてのリストラ。経営者としては最も避けなければならないことの一つです。そうならないためには準備が要ります。事業を伸ばし、人財を育て、常に領域(顧客、市場)を広げていく。財務的に不測の事態に耐えうるだけの蓄えを積み上げる。それは分かっているけれども出来ない場合も多々あります。詳しい経緯は割愛しますが、報告を聴くと樋野電機工業さんの場合も、そうだったと思います。一聞すると、タイミングが悪るかった、という気もしますが、社長就任直後にこの苦境があったからこそ今がある、と捉える事も出来ます。最初が一番の難関だったから、後はやりやすい。これは私自身の短い経験からも、そのように感じます。

当社も、私が社長に就任した直後に人員削減を行いました。事実、状況は良くなかった。しかし、その時の私は“会社が危ないんだから当然だろう”と思っていました。だが、そうではない。少なくとも“当然だろう”というのは、社員のみなさんに対する感謝の欠如であり、経営者としての資質を欠く認識です。残念ながら、そのことは同友会などでの学びを通じて分かって来ました。そうしなくても良かったのではないか、今なら他の手が打てたのではないか、それはこういった話を聴くたびに頭をよぎります。

しかし、それは既に過ぎ去ったことで、過去は変えられません。もちろん、リストラの対象になった方々からすれば、その心の傷はずっと癒えないかもしれない。だが、そうしなければ会社全体が行き詰まり、全員が職を失っていたかもしれない。ならば、それをきっかけに会社を発展させることで、そのリストラにもなにがしかの意味があったと理解して頂けるよう努力を続けるしかない、と私自身も改めて身につまされ、決意を新たにさせて頂くことが出来ました。

2.「工場は最高の営業マン」~3Sが示す会社の信頼感~

今回の報告で私が一番印象に残ったのは、「工場は最高の営業マン」という言葉です。

製造業の世界では良く言われる言葉だそうです。製造業に限りませんが、各社の競争が激しく仕事や製品の品質、そして価格にもあまり差が出なくなっている時代です。そんな状況だからこそ、工場を徹底して整理・整頓・清掃し、そこをお客さんに見てもらう。お客さまは、そのきちんと管理された工場の様子をみて感動し、その会社の品質や仕事ぶりが間違いないと確信して発注を決める、ということがあるそうです。樋野電機工業でも、制御盤の検査に訪れた発注先の担当者の方が、工場の中を見て「検査をしなくてもこの工場を見れば品質が間違いないと分かります」とおっしゃる(もちろん検査はされるのでしょうが)ことがあるそうです。

この3Sの取組みは、先代の時から、大阪からコンサルタントを招いて指導を受けながら着手し、かなりの時間をかけて実施されてきたそうです。当初は、松坂さんも含めて現場はかなり反発したそうです。それでも、少しずつ、出来るところから続けていくことで、現在では、前述のとおり会社の特色となり、差別化につながっています。そして、このコンサルタントを招いて取り組むというやり方自体、当時の樋野電機工業の事業規模からみても、異例のことだったと話されました。それでも必要だと判断して組んだ先代の決断が、今、会社の強みになっている。正しいと信じたことについては職場の反発を恐れない経営者の決断力、そして継続することの大切さを改めて学ばせて頂きました。

実は、私自身、当社の倉庫(さく井工事にかかる機会や資材、備品等の保管場所)をきれいにしたいと考えて、少しずつ取り組んできています。しかし、今回の話を聴いて、お客さまが当社の倉庫を見て「この会社の仕事は大丈夫だ」と思って下さるだろうか、と自問自答した時、全く自信が持てませんでした。なぜ、職場をきれいにしなければならないのか、なぜ徹底しないといけないのか、社員と共通認識を持って取り組むための、大変いいヒントを頂いたと感じています。近いうちに社員と一緒に樋野電機工業さんの工場見学にお伺いしたいと考えています。

3.働きやすい職場づくりに向けた試行錯誤~自由に自分のペースで仕事ができる社風~

樋野電機工業では、“従業員が働きやすい職場づくり”という観点から、様々な先進的な制度を導入され、また試行錯誤されています。元々、先代の方針もあり、松坂さんが社員だった頃から、自由に自分のペースで仕事ができる会社だったそうで、悪く言えば仕事は担当者にまかせっきり。その分、社員の裁量を高めて制度面で柔軟性のある職場づくりを進められているそうです。

一例として、1時間単位での有給休暇制度(年間40時間まで)。比較的普及している制度ですが、(言い方は失礼ですが)事業規模からみると先進的です。そして、特筆すべきは、男性の従業員の方でも育児休職された実績があることです。これは制度を整えるということだけでなく、職場自体にそのような風土、雰囲気がなければ実現できないことです。

一方で試行錯誤もあります。以前、フレックスタイム制を導入されていたそうです。しかも「コアタイムなし」で運用されていたとのこと。女性従業員を中心に評判がよかったそうですが、コアタイムが無かったことで昼間一切出勤しない社員が出てくるなど、弊害も発生し、導入から6年で廃止されたそうです。結果的に廃止されたとはいえ、いいと思ったものは導入してみて、合わなければ止める。そういった試行錯誤、チャレンジを惜しまない柔軟な会社だからこそ、外部環境の激変にもなんとか耐え、新しいステップを目指すことができているのではないでしょうか。

これらの取組みが評価され、樋野電機工業は、平成21年に「しまね子育て応援企業(こっころカンパニー)」の認定を受けられています。認定時の取組みとして、短時間勤務制度(小学校就学前まで(6時間勤務))、子の看護休暇(小学校就学後も取得を承認(必要な日数、半日単位の取得も可))、配偶者出産休暇(1日)、出産祝い金(1万円を支給)、等となっており、もっぱら法に定められる範囲の制度しか導入していない当社と比べて、その先進性は大いに参考にさせて頂きたいと考えています。

例会の様子

今回の報告を聴き、改めて樋野電機工業の業績をたどると、松坂さんが樋野電機工業に入社されたのは昭和57年。当時は従業員6名、売上も6000万円ほどの会社だったそうです。その後、常務に就任されて業績を伸ばし、現在、ピーク時からは減らしているものの2億4000万円の売り上げ、従業員24名の事業規模となっています。これは、松坂さんが取り組まれた新しい取引先や事業領域の開拓、様々な環境改善の取り組みなどの成果でしょう。しかし、自分が業績を伸ばしたことについては多くを語られず、リストラしてしまったことの自責の念、従業員が働きやすい環境づくりに腐心されたりすることを中心に報告される姿にこそ、松坂さんの人となりが表れています。謙虚にしておごらず、社員のため、お客さまのために尽くす、地域の中小企業の経営者のあるべき姿を垣間見させて頂きました。

2013
04.12

協和地建コンサルタントでは、SNS風の社内専用日報システムnanotyBP(ナノティビーピー)を導入しています。2012年1月のブログでその導入に向けた経過を紹介しました。その後、2012年4月から本格的な運用を開始し、1年が経過しました。現在、様々なシステム上の改良や運用方法の見直しを交えながら、当社の独自性あるツール、新しい社風を生みだすツールへと深化しようとしています。そのことを少しご紹介します。

現在のメイン画面

1.勤務表入力と連動させて「使わざるを得ない仕組み」として導入

当社の日報は、勤務表(当社では稼働表とも呼びます)と連動して運用しています。地質調査業、建設業(さく井工事)などの業態を有する当社では、受託した調査業務や、請負ったさく井工事などの原価計算をおこなうために、誰が何時間その案件に係わったかを記録する必要があります。建設会社やコンサルタント会社では似たような形で勤務管理が行われていると思います。

当社が導入を検討した時のnanotyBPは、現在使用しているのと同様の形態で、日報に特化して記録していく仕組みが構築されていましたが、この勤務管理とセットで運用するという仕組みは十分なものではありませんでした。現在は、当社からの要望を踏まえて集計機能まで含めて改善して頂き、日報への入力に合わせて案件ごとの稼働時間を入力することで、毎月の勤務管理が行えるようになっています。

稼働時間の集計機能の充実は、導入に向けて私がこだわったところです。それは、「日報を付けざるを得ない仕組み」とセットで導入したかったからです。そもそも、全社員に日報入力を義務付けるようにしようと考えたのは、一人ひとりが毎日の仕事内容を「業務日報」として記録し、上司・経営者が確認し、改善やフォローアップに役立てる仕組みが当社に必要だと考えたからです。しかし、これまで営業担当者を除いては日報を書くという習慣の無かった会社に新しい作業が加わる訳ですから、最初は面倒に感じる面もあると思います。そこで、従来から実施していた案件ごとの稼働時間の記録と組みあわせることで、日報を入力せざるを得ない仕組みを作り、それに慣れながら徐々に“日報を書く”という習慣づけを進めていこうと考えました。

この目論見は概ね成功し、現在では全員が当たり前のように日報を記載していますし、日報の中での情報共有やコミュニケーションなど、当社の企業風土を構成するツールの一部になりつつあると感じています。

2.新入社員が会社にすんなり溶け込むための支援ツール

当社は、平成24年度に2名の新入社員を迎え、この平成25年度からも1名の新入社員を迎えています。それでも合計で20名ほどの社員規模ですから、じきに顔と名前は一致するようになる訳ですが、それでも、入社してすぐに全員とよく話をするようになる訳ではありません。

そんな時、この日報システムは、社内にどんな人が居て、どんな仕事をしているのかを概観することが出来ます。開発された㈱サンロフトでも“SNS風”と銘打たれているように、フェイスブックをはじめとしたSNSツールのようなやわらかい雰囲気を持ったインターフェイスや画面構成となっています。登録されている社員の顔写真付で日報やコメントなどが表示され、親近感がわく工夫もなされています。一方、受け入れる社員の側も、新入社員がどんな子なのか、気になります。そのお互いの緊張感を和らげ、近づけてくれる。そんな役目も果たしてくれていると感じています。

誤解のないように申し添えておくと、このシステムが社内コミュニケーションの中心になっている訳ではありません。コミュニケーションの基本はあくまでもフェイス・トゥ・フェイス。日頃の仕事を通じて、或いは、懇親の場を通じて、お互いを理解し、認め合っていくことが基本です。しかし、その様々な場面でのコミュニケーションを補完する、きっかけを作ってくれるのが、このシステムだと位置づけています。

3.一日を“総括する”ことの習慣化が「考える力」を伸ばす

このシステムの入力項目は至ってシンプルで、大きく2項目に分かれます。勤務時間にあわせて従事した仕事の内容や成果等を記載する項目、そして、その日の総括として全体の気づきや感想などを入力する項目です。導入してみて分かったのですが、実は、この「総括欄」にコメントを書くことが、中々ハードルが高いのです。今日、自分が何をしたのかについては簡単にでも書くことはできます。当社の業務であれば、ボーリング掘進○m、××地区現地踏査、△△報告書作成、など“やったことを書く”のは比較的簡単です。

しかし、その日一日のまとめとして総括をする、というのは中々できない。どんな気づきがあったのか、どんな課題があったのか、なにを皆と共有すればいいのか、といったことを整理して書こうと思うと“考える”ことが必要です。それは、慣れていないと中々できない訳です。最初はみんな中々書けませんでした。このシステム、実は上手く出来ていて、この総括欄に何か書かないと、その日の日報の登録が出来なくなっています。これは最初からそのような仕様で、上手い仕組みだなと感心します。なので、皆なにかを書く訳ですが、最初は「○月○日日報」と書くだけの人が多数でした。

そこで、導入後半年ぐらいを経た時に、この総括欄の持つ意味、一日のまとめを整理してそれを共有することの意味を全体の会議で説明し、とにかく何か一言入力をしてもらうよう促しました。そうすると、次の日から、長めのコメントを入れてくれる社員が増えだし、今では多くの社員が一日の総括を綴ってくれています。一日のトピックス的な出来事であったり、いい出来事の報告、協力・支援に対するお礼であったり、様々な情報が溢れるようになりました。そしてそれは、パソコンの画面上だけでのやりとりでなく、それをきっかけにして仕事の情報の共有が進んだり、お互いのコミュニケーションを活発化させたりしています。

社員一人一人の日報確認画面

今回、このブログをまとめるにあたり、システムを導入して何が一番よかったのか、を考えつつ整理していきました。その結果、その答えは、最後に示した「“一日を総括する”ことの訓練・習慣化」、ではないかという結論に落ちつきました。現時点での私の“総括”としては、そういうまとめにします。このシステムを導入したことで、さまざまな変化が起こりました。もちろん、システムを入れることだけがすべてではなく、それを活用して会社をよくしていこう、と社員が共通認識を持ってくれていることが上手く活用できつつあることの根底にあると考えています。社員の理解と協力に感謝し、さらに今後使い続けていく中で、さらなる気づき、改善点を見出し、また一年後に「総括」してみたいと考えています。

2013
04.05

新年度、2013(平成25)年度がスタートしました。2013年3月16日(土)に開催した「平成25年度経営指針発表会」にて発表した、今期の経営計画に基づいて事業運営を進めていきます。今回の経営指針発表会の最後に、「来期に向けて」と題して参加者(当社の社員)に対する私からのメッセージを話しました。実は全部先輩経営者の方々からの受け売りなのですが、大変素晴らしい言葉で、私自身の考え方や行動に大きな影響を与えて頂きました。そのメッセージとそこに秘めた今後に向けた想いをここで改めて整理し、今期の活動のスタートの決意にかえたいと思います。

経営指針発表会で語る社長

1.「ちょっとずつ」ハードルを超えていく

この言葉は、昨年度、私の記憶に残っている最も印象的な言葉の一つです。平成25年1月に開催された鳥取同友会米子支部例会で報告された㈱クニヨシ 代表取締役 早間雄大さんの言葉です。

中小企業は、普段はその中小企業の身の丈にあった仕事をしています。しかし、その中で、「ちょっとだけ」ハードルの高い仕事に出会うことがあります。これに対して逃げずに真正面から立ち向かう、ことが重要だという話と理解しています。レベルの高い仕事、経験の無い仕事であっても、少しハードルが高いだけなら、頑張ればなんとかなる。そこに挑戦することで、社員が成長し、会社が成長する。そして、それは結果的に将来の仕事への種まきになる。まさにその通りだと思います。

私自身、この3年ぐらいの仕事を振り返って、腑に落ちるところがありました。当社も、この数年、少しずつハードル高い仕事に取り組んできた経験があります。例としては、平成22年度、平成23年度と続いた大深度(1000m級)の温泉掘削工事の受注と成功、平成24年度に実施した小規模地熱発電及び地熱資源開発に関する調査、があります。これらの経験は、今年度(平成25年度)、島根県内初の地熱発電(バイナリー発電)を目的とした大深度掘削を伴う地熱資源開発調査の実施として具体化しようとしています。この調査も、いきなり話が来れば対応できませんでした。しかし、数年の時間をかけて少しずつハードルを越えて来ていたからこそ、「今なら出来る」という自信を持って臨めます。企業の発展とは、そういうことの繰り返しなのだと実感します。

今までどおりの仕事を、今まで通りにやっているだけ(もちろん、それも大事だし必要だが)では、会社の発展がないし、一人一人の成長が無い。そして、将来につながらない。そのことの重要性を自らの経験として再認識し、新年度訪れるであろう新しい“ハードル”に立ち向かっていきたいと考えています。

2.忙しいのに慣れる~暇に慣れた会社は潰れる~

この言葉は、(有)オーリーの代表取締役 太田利昭さんが話されたものです。太田さんには、平成24年8月に島根同友会松江支部例会において報告をして頂いています。

人間は“慣れる”生き物です。環境が変わっても徐々に適応し、慣れていきます。だから、忙しいのにも慣れるし、暇なのにも慣れる。それならば、忙しいのに慣れなければならない。元気な会社、いい会社は、忙しいのが普通です。お客さまから支持されているから忙しい。忙しいから活気がある。忙しいから社員が成長する。そして、それが業績につながる。考えてみれば当たり前です。だから、社員は忙しいのに慣れなければならない。その環境をつくるのは、もちろん経営者の仕事です。

一方、暇に慣れたらどうなるか。言うまでもなく、そんな会社の先行きは明るくありません。しかも、社員が暇に慣れてしまっているから、新しい行動もできない、動きが鈍い、で、ますます暇になる。そう考えると、“忙しい”ことはありがたいことです。感謝しなければなりません。念の為確認しておくと、このことは、当然ながら長時間労働や深夜残業を推奨する意味ではありません(むろん、時にはそういうこともあるでしょうが)。お客様に対応するその会社の本来的な仕事・業務に加え、改善活動、勉強・学び、コミュニケーション、やらなければならないことはたくさんあります。それが積み重なって会社組織が運営されている。それを全て含めて忙しく、しっかりと取り組んでいく。それが“忙しさ慣れる”ということだと理解しています。

そして、この“忙しさに慣れる”というのは、単に、「忙しさが日常になれば、それに慣れて麻痺してしまう」ということではありません。盛和塾の稲盛和夫塾長の言葉に「能力を未来進行形で捉える」という考え方があります。人間の能力は、未来に向かって伸びていく前提で将来を考える。そう考えれば、「忙しさに慣れる」とは、忙しさに“慣れることができる”、忙しさに“対応できるようになる”、という趣旨で捉えることができます。今期、当社はとても忙しくなると確信しています。その時に、ここに記したように捉えて、忙しい日々を充実して過ごしていきたいと考えています。

3.学びとは“実践して成果が上がってこそ学び”~経営者の仕事は当事者意識の強い社員の育成~

この言葉は、盛和塾山陰の代表世話人の一人、㈱寿スピリッツ 代表取締役社長 河越誠剛さんから2012年2月の盛和塾山陰塾生交流会で伺いました。

「学びとは本で読んだり人から聞いたことではない、実践して成果が上がってこそ学びだ。」と、初めて聴いた時は衝撃を受けました。まさにそのとおり。中小企業家同友会、盛和塾、経営品質研究会など、経営の学びの場に出かけるようになって、様々な先輩経営者の話を聞くうちに、何となく学んだ気になっていた自分にハッとさせられました。自分は徹底して実践できているのか、実践しても成果があがっているのか。「結果を出す」ということに対して、甘えを持っていた自分自身を恥ずかしく感じたことをよく覚えています。

また、その時に、「経営トップは戦略の実践家でなければならない。経営に関する学びを実践し、会社をレベルアップしていく。その具体的方策は、社内に“当事者意識の強い人”をたくさん造ることだ。」というお話も伺いました。すなわち、「経営者の仕事は、成果を上げることのできる当事者の育成にある」ということになります。どの会社もそうですが、経営者ほどその会社のことを考えている人はいないはずです。その当事者意識を、社員一人一人まで揃えることは容易ではありません。しかし、それをやらならければ企業が成長できないのも確かです。

経営指針に基づく経営の実践も、社員の当事者意識の向上につながります。理念に基づいた方針・戦略、そしてそれを具体化するための計画を立てる。後は、その“やる”と決めた計画を一つ一つ着実に実践していくだけです。そして、その実践には経営者が担当する“戦略の実践”に加えて、共通の目的に向って“社員一人一人が果たすべき役割の実践”が加わる。それを通じて、当事者意識を強く持つ社員たちが活躍する、活き活きとした、そして、強くて強靭な組織が出来上がって行くのではないかと考えています。

交流会集合写真(別パターン)

成功に近道はありません。地道な仕事、地道な努力を積み重ねる、あきらめずに続けていく、それが本当に大事なことだと、あらためて感じます。挑戦を続けていけば少しずつ変わってくる。少しずつ変化を感じられるようになる。変化を感じることで、また次の挑戦意欲が湧いてくる。そのようないい循環を社内につくり出すことを目指し、さらなる飛躍を実感できるよう、新年度のスタートを切ります。平成25年度も協和地建コンサルタントをよろしくお願いします!