2011年9月27日、島根県中小企業家同友会 9月松江・出雲2支部合同例会が開催されました。
この日は、「14代目蔵元が取り組んだ企業改革~11年連続赤字から黒字企業への転換の軌跡~」と題して、合資会社 若竹屋酒造場 14代目社長 林田浩暢さんから報告を頂きました。林田さんは、福岡同友会の副代表理事もされており、今回、わざわざ福岡から松江にお招きして報告をして頂きました。(林田さんが個人的に運営されるページはこちら)
若竹屋酒造場は1669年(元禄12年)から続く歴史ある蔵元で、林田浩暢さんはその14代目です。しかし、家業を継承したときは11年連続赤字で、さらに年商の2倍の負債(借入)を抱えていたそうです。普通の感覚なら、到底事業継続できる状態とは思えます。しかし、現在も厳しいながらも素晴らしい会社づくり、お酒づくりを継続されています。その改革の経緯を様々な側面から聞かせて頂きました。業種も歴史も違いますが、同じ後継社長として大変興味深く、また大変多くの学びを得ることができました。その中から、私の特に気づきとなった事項についてまとめておきます。
1.下からつくる計画の意味~数字の後ろにある人の顔・ドラマを知る~
林田さんは、自らの経験に基づき「下からつくる計画が大事である」ということを強く話をされました。ここで言う“下”とは「確保すべき利益」という意味合いでしょうか。ただ、昨今言われる「利益重視経営」とは、ずいぶん異なるものでした。また、中小企業家同友会では、経営指針(同友会では、経営理念、経営方針(戦略)、経営計画の3つをまとめて経営指針と呼ぶ)の策定を重要視しており、経営指針を策定しなければ同友会に入った意味が無い、と言われる方もいます。その策定は、一般には、その並びのとおり理念、方針(戦略)、計画、という順番になるのが常道のようですが、林田さんは、まず先に計画をつくり、そこから方針(戦略)づくりに至ったと説明される訳です。教科書的には、経営の理念や方針があって、その上での計画だろう、と考えそうですが、現実はそうでもない、という話でもあります。このことについて、「自分は、理念から計画をつくり上げる(落とし込む)ことはできなかった。下からつくり上げる必要に迫られた。」とも話されました。
林田さんが経営を引き継いだ時は、前述のとおり、常に莫大な借入金の返済に迫られており、その返済原資となる利益をどうやって出すかをとにかく考えなければならなかったという背景があったそうです。だから、会社の経費構造がどういう数字になれば粗利が出るかを考え、その数字に合うように、経費を削減し、原価を下げ、取引先と交渉し、大変な苦労をされながら黒字化に取り組まれたそうです。その途中で、取引先との歴史、生の声、現在の取組み、と言ったことを後継者として初めて聞くことができたそうで、そのことが大変重要であったと伺いました。
つまり、この“下からつくる計画”の意味合いは、表面的には必要な利益額を決めて、そこから必要な粗利額を求め、その粗利が出るように経費・原価をコントロールする、というものですが、その奥にあるのは、数字を追いかけ、数字に徹底的にこだわることで、初めて、自分がそして会社が多くの人達に支えられ、生かされていることに気が付く、ということだというのが私なりの理解です。数字の後ろにある人の顔、そしてそれぞれにある歴史やドラマ。そういったものを理解した上で数字を扱わないと、単に金の計算だけしていては、戦略そして理念さえも誤る可能性があると言うことだと思います。これは一定の歴史ある会社を後継するケースにおいて特に大事で、心にとめておく必要があることではないかと考えています。
2.利益を出せば会社は変わる、人も変わる
林田さんは、経営を引き継がれた当初、経営に関する様々なセミナーに参加され、その成果を会社に落とし込もうと色々な努力、経験をされたそうです。一つの例として、いわゆる自己啓発セミナーの類を受けた話をして頂きました。この手のセミナーでは、「自分が変わる」ことの重要性が説かれます。それは私も大事なことだと思います。しかし、それだけで周りの人が変わり、会社が変わる訳ではないという話です。林田さんも、当初「みんなの意識が変われば会社が変わる、そして、会社が変われば利益がでる」という順番で考えていたけども、そうでもなかった、という話をされました。むしろ自分が頑張れば頑張るほど、職場はしらける。自分だけテンションが高くても、職場は引いてしまう。確かにそれが現実ではないかと思います。
そんな中、林田さんの会社では、前述のとおり莫大な借入金を返済するために、数字を追いかけていくうちに会社が変わっていったそうです。そして利益が出るようになってから、会社が、人が、ものすごく変わりはじめたそうです。それが現実だったということです。また、林田さんは福岡同友会で副代表理事という役職もされているので、経営指針についての相談受けることもあり、経営指針を作ったけども、社内に浸透しないという悩みも多いそうです。その中で、ある傾向があるという話をされました。それは、「経営理念と経営方針があって、経営計画の無い会社は赤字」、「経営計画を上からつくっている会社(≒売上から計画を作っている会社)は社内が上手くいっていない」、というものだそうで、ここでも、経営を数字で見ることの重要性、数字の中でも“粗利”を重視することの必要性が垣間見えます。
人が変わる、会社が変わるきっかけは、それぞれの事情や背景に応じて様々でしょうが、「利益を出す」という極めて当たり前のことが大事だったということです。そこを徹底せず、それ以外のことを考えて、取り組んでも結果的にいい成果に結び付かない場合もある、ということだと思います。これは自分自身よく認識しなければならいと感じています。
3.「経営資源をどこに投入するのか」の意思決定が経営者の仕事
林田さんが「経営者の仕事」として、繰り返しおっしゃっていたのが、「経営資源をどこに投入するのかの意思決定」ということでした。経営資源とは、言うまでもなく、人・モノ・金。これをどこに投入するのか。経営の基本として教科書的に言われることではありますが、林田さんの説明が分かりやすいのは、伸びている市場や伸びている人にこれらを投入すればいい、ただ、そのためには“止めることを決めないといけない”、と説明された点です。
止めることを決める。実は非常に難しいことです。しかし、今までやって来たことを止めずに、新しいことばかりプラスして取り組んでも、経営資源には限りがあるので結局は中途半端になります。そんなことをしていては、大きな資本(経営資源)を持つ大手企業との競争になった場合に、勝ち目が無いのは明らかです。その「なにを止めるのか」を決める際に、様々な分析手法を用いて、できるだけ客観的に意思決定の材料を見出しているのが特徴でした。
それぞれの手法の説明は省きますが、SWOT分析を通じて見出した、“弱み”と“脅威”が重なり合う領域からは徹底する。ABC分析により商品の絞り込み、取引先及びお客様(対応)の絞り込みを行う。移動年計により、売上などのトレンドを把握する。PPM分析により、商品のライフサイクルを把握し、育てる商品、責める商品を明確化する。いずれも、経営資源の投入判断をするための道具として、手法の特性や限界を把握した上で採用されています。また単純に数字の結果だけでなく、その裏側にある“人”の情報にも着目され、活用されている点が大変重要だと感じています。
当社でも一部の手法については採用してみたことがありますが、これまでの問題点は、私一人で分析し判断していたこと、一度分析した結果を見直さずに活用していること、などが課題として浮かび上がりました。経営者の経験に基づき、感覚・直感で判断してしまいがちな意思決定を、結果的に直感が間違いでなかったとしても、こういった手法の裏付けを用いて、その意思決定を社内で共有化しながら事業を進めていくことが大事だということを教わりました。
報告の最後で、借入の返済が最も厳しかった時のことを話されました。そのお話の趣旨は、「社員とは弱い立場だ」ということ。社員に対してボーナスゼロ、ベースアップゼロのお願いをしなければならず、経営者としても心苦しい。社員もそれでは困ると言う。しかし、最終的には社員は受け入れざるを得ない立場にある。それぞれの生活、ローンの返済、子どもの学費、様々なことがあっても、受け入れざるを得ない。そのことを良く分かって経営を考えていかなければならない。だからこそ利益の出る会社にして、その利益を未来のために使えるようにしておく。内部留保・利益は、経営者の、社員の、夢やビジョンを実現するための原資だと捉え、会社を経営していなければならない。
その言葉は、とても重く、経営者であることの責任の重大さを改めて感じさせて頂くとともに、「利益を出す」ということの意味を深く考えるための気づきを頂きました。林田さんの報告は80分にわたり、自己紹介からこれまの経緯、経営戦略立案のための具体的手法まで、大変に盛りだくさんで、このブログではとても全てを網羅できません。しかし、同じ後継社長という立場で、大変多くの学びを頂けた、すばらしい報告でした。