私はさほど風呂好き・温泉好きではありませんが、温泉開発を行う会社の社長として、温泉に詳しくなければ説得力がありません。そこで、仕事や私用で出かけた先で温泉を巡り、少しずつ記事にしていくことにしました。温泉ソムリエらしいコメントにも配慮したいと思います。
61箇所目は、長崎県雲仙市小浜町の小浜温泉「春陽館」です。訪問日は、2013年12月11日です。
長崎県雲仙市にある小浜温泉は、雲仙普賢岳のふもとに位置する温泉です。約100℃の温泉が日量15,000t、ほとんど自噴で湧出するという九州の地熱地帯らしい温泉地で、ホームページでは「日本一熱量の多い温泉地」としてPRされています。現在24軒ある宿泊施設は大半が自己所有か共同管理の泉源を所有しているそうです。2013年から未利用温泉を活用した地熱発電(バイナリー発電)を開始したことでも知られており、今回、このバイナリー発電施設の現地調査に訪れた際に、こちらの春陽館に宿泊させて頂きました。築70年の“唐波風”の門構えが目を引く本館が特徴で、昭和の古き良き時代を彷彿とさせます。島根県からの移動はかなりの長旅となりましたが、良質な温泉でゆっくり体を休めることができました。
小浜温泉の泉質は、「ナトリウム-塩化物泉」です。塩素イオンの含有量が高く、「温まりの湯」「傷の湯」ということができます。地元の方も、「冬場はいいが、夏場は汗がとまらなくなる。」とおっしゃいます。春陽館の源泉も同様の泉質で、成分分析書上の温度は、99.6℃、自噴泉、成分総計9.150g/kg、となっています。湧出量が豊富な上に、成分量も高い温泉と言えます。旅館の方に伺うと、泉源の掘削深度はわずか80mほど。山陰地方ではこういった温泉はお目にかかれないので、温泉の地域性、そして地熱地帯の温泉の熱量のすごさを改めて感じます。
なお、100℃近い温泉だけにそのまま湯船に注ぐことはできず、すべての旅館で加水により温度を下げているそうです。春陽館でも温泉水のさし湯口近くで、汲み上げた源泉に井戸水を加水し、湯船に注がれていました。この温度調整はかなりアナログな方法で、風呂の中も上澄みがかなり熱く、底はほどほど。自分でお湯をかき混ぜで温度調整するとちょうどいい感じでした。入浴中には、時たま旅館の方が入ってこられて、湯加減をみながら水の量を調整されていました。私が目視した限りではお湯と同量かそれ以上の地下水が加水されていましたので、成分的には半分程度には薄まっていると思います。それでもかなりの成分量ですし、源泉かけ流しで常にお湯が入れ替わっていますので、お湯の鮮度はとても高く感じられました。
旅館内の風呂場は、計3箇所。大浴場が2箇所と、新館屋上の露天風呂、という構成です。大浴場は、日替わりで男湯と女湯が入れ替わるため、夜の入浴と朝風呂とで異なった風呂を楽しめるようになっています。本館大浴場は“山頭火の湯”と名づけられ、本館建設当時、70年前の昭和の風情を残したお風呂、というふれこみです。中は、タイル張りの床面に岩風呂風のしつらえに加え、湯船の中にはタイル張りの大きな柱が並ぶという構成。昔ながらの銭湯を少しゴージャスにしたような雰囲気で、今時のセンスと異なるのは確かですが、当時の時代の価値観を伺い知ることができる、貴重なしつらえと思います。
この「山頭火の湯」、洗い場は6箇所あり、ボディソープ、リンスインシャンプーが備わっています。洗い場は仕切りの無いタイプで、感覚はやや狭目。また、お湯はボイラー加温のようですが、ちょっとシャワーを止めると直ぐに水が冷たくなるので、取り扱いにはコツが要りそうです。この辺あたりの古さは否めません。ロッカーは籠のみで、貴重品ロッカーが別にあるタイプ。これは宿泊施設ですので妥当なところでしょう。洗面台は3箇所でいずれもドライヤーが備えてあります。
なお、もう一つ新館に展望露天風呂があったのですが、残念ながらそこは温泉ではなく沸かし湯だということで、入浴は見合わせました。こちらの温泉は、スケール(いわゆる湯の花)が付きやすい泉質で、屋上階まで温泉水の配管を行うと、そのメンテナンスが困難になるそうで、温泉の送水は行われていないとのことでした。
この「春陽館」、施設自体の古さはあるものの、木造3階建てのボリューム感ある和風建築は小浜温泉内でもひときわ目に付きます。また、地元の旬の素材をふんだんに取り入れた食事のコストパフォーマンスはすばらしく、一瞬プランの値段を間違えたのではないかと焦りました(笑)。中々訪れる機会のある温泉地ではありませんが、満足度の高い、印象に残る宿として記憶に留めておきたいと思います。
この小浜温泉、豊富な温泉を活用した様々な施設があります。特徴的なものの一つとして「日本一なが~い足湯」という「ほっとふっと105」があります。105とは、足湯の延長が105mとのことで、日本一の延長を誇る足湯だそうです。私が訪れたのは12月の平日朝だったということもあり、ほとんど利用者がありませんでしたが、観光シーズンには利用者で賑わうようです。また、同じ場所に、温泉熱を活用した自由に使用できる“蒸がま”が整備されており、隣接する売店で野菜や卵などを購入し、数分から数十分かけて蒸し料理を楽しむことができます。
今回の訪問目的でもある、バイナリー発電所は、2013年4月から、全国に先駆けて未利用温泉水を活用した地熱発電施設として運用を開始されています。地域の産学官が共同で推進する、小浜温泉エネルギー活用推進プロジェクトにより実現したものです。先進事例だけに様々な苦労があるようでしたが、未利用の熱資源を有効活用して地域の活性化につなげたい、という地元の方々の強い熱意に感銘を受けました。なお、この小浜温泉バイナリー発電所を核とした「小浜温泉ジオツアー」という企画も運営されており、4月以降、1800名以上の参加者があったとのことです。島根県でも、このような温泉熱を活用したバイナリー発電施設をつくりたいと考え、具体化に向けて研究を進めています。とにかく高い熱量(温度×湯量)が必要なので、島根県内の温泉では中々ハードルが高いのですが、今後の技術革新も見据えながら、あきらめずに取り組んで行きたいと考えています。