2013年7月9日(火)、島根県中小企業家同友会 松江支部7月例会が開催されました。この日は、「『理念の共有と行動実践で経営者が変わる、社員が変わる、会社が変わる。』~経営指針成分化によって始まる夢の追求~」と題して、山善商会有限会社(おつまみ研究所) 代表取締役 土江拓也さんから報告を頂きました。
同社は、昭和52年におつまみ製品専業の製造卸売業として創業し、山陰エリアの酒販店を主要顧客として事業を行っています。また、近年ではインターネット通販事業に参入し、卸売だけでなくエンドユーザーに向けたおつまみの提案を行い、徐々に業績を伸ばしています。代表取締役の土江さんは、先代の急病をきっかけに、東京で起業してやっと軌道に乗りかけていた事業を譲渡し、Uターンして家業の立て直しに奔走されました。そして、立て直しの間に起こった様々な苦労を経て、昨年度、同友会に入会されるとともに経営指針を策定されました。
今回、土江さんが経営者として歩んできた経緯と、その中で迎えた様々な転機についてお話頂くとともに、経営指針成文化セミナーを通じた経営指針の策定と実践を通じた自らの変化について語って頂きました。その概要を整理しておきます。
1.一人の社員との出会いが変化への気づきをもたらす
土江さんは、大学卒業後入社した大手の広告代理店の営業マンとしてトップクラスの成績を残すなど、営業のプロとして東京時代を過ごされた経験をお持ちです。そこで、家業継承のため島根にUターンした当初、東京スタイルの営業システムを導入し、「数字がすべて」という売上至上主義のスタンスを貫かれていたそうです。しかし、当初は成果があがっていたものの、徐々に営業マンの入れ替わりが激しくなり、数字は上がるが工場現場は疲労困憊し、そして、最後には大手の取引先との取引で致命的なミスを犯す、という事件を発生させるに至りました。その結果、土江さん自身がやる気をなくし、現場の社員が落ち込み、営業マンも言うことを聞かなくなり結果的に退職する、という危機に追い込まれます。
せっかくの立て直しが無に帰すかもしれない。そんな状況の時に、一人の社員との出会いがあったのだと話されます。多くの営業マンが退職した後に入って来た新しい営業マン。土江さんは、過去の失敗を繰り返しまいと、その方には、営業ノルマを課さずに仕事をお願いします。その方は大変まじめな方で、営業ノルマはなくても、営業を自分の仕事として休日も残業も厭わず働いてくれた(もちろん今でも)そうです。その時の印象を「ノルマが無くてもちゃんとやってくれる人もいるんだ」と、スパルタ営業の風土で育った土江さんにとって、ある意味新鮮な驚きだったと回顧されます。そんな社員だから、なんとかよくしてやりたい、この会社でずっと働いてもらうにはどうしたらいいのか、と、初めて本気で思ったとも語られます。
社員によくしてやりたい、ずっと働いてもらうにはどうしたらいいか、という経営者の想い。それが、「社員目線」の経営、そして「従業員満足度」に通じるのではないでしょうか。私自身のことで言えば、やはり新卒採用を始めてから、「この子たちがずっと働けるような会社にしていかなければならない」と強く感じるようになりました。それまでも想っていない訳ではありません。しかし、誤解を恐れず言えば、それは同友会などの学びを通じ、“そういうことが大事だ”、“そういう風にしなければならない”と教わるから、それに習っていたに過ぎません。この、“理屈の上での理解”を、“経営者としての本心・決意”といったレベルに変えていく作業の一つとして、経営指針の策定と実践があると考えています。会社を変える、経営者自身を変えるような出会い・ご縁を引き寄せるのもまた、経営者自身の想いであり、日々の行動ではないかと改めて感じます。土江さんにもさらなるご縁、出会いが訪れることを願っています。
2.エンドユーザーからの声で気づく~どうしたら売れるかより、どうしたら喜んでもらえるか~
山善商会の事業の大きな柱の一つとなっているインターネット販売事業。この取り組みも大きな転機となっています。土江さんは、インターネット通販への取り組みを通じた気づきを、「どうしたら売れるか?ばかり考えていたのが、どうしたら喜んでもらえるか?を考えるようになった」と総括されます。
きっかけは、エンドユーザーのお客さまから届いた「お宅のおつまみが美味しかった。送って欲しい。」等という直接の反応です。基本的に卸売業として事業を営んでいた土江さんにとって大変新鮮に響き、また嬉しく感じたという事です。しかし、直ぐに売れるだろうっと思って始めたインターネット通販も、当初は全く売れなかったそうです。それが、しまね産業振興財団が企画する「webあきんど養成ジム」(※リンクは2012年度のもの)での学びをきっかけに変化していったそうです。勇気を持って商材を絞り込み、“誰のための何のサービスか?”を考える、という商売の本質に気づき、会社の想いと商品に対する想いを、ピンポイントで伝えたい人に伝えることが重要、だと強く感じたそうです。そして、それを実現するためにはどうすればいいのかを考えた。その結論を、「目的に向って共感するチームとなることが必要」と語られます。目的の明確化、共感を醸成するためにはどうすればいいのか。その後の同友会入会、そして経営指針成文化への取り組みの素地が生まれたのがまさにこのタイミングだったのでしょう。
この「エンドユーザーの声を聴く」という機会。実は、業種・業態によってその機会の有無は大きく異なります。小売業、飲食業、サービス業、など、いわゆるBtoCビジネスとして直接消費者と接する業種にとっては当たり前のことですが、製造業、卸売業、などのBtoBビジネスの場合、全く機会がないことも珍しくはありません。もちろん取引先担当者の評価はある訳ですが、あくまで、その商品が売れた・売れないという観点が中心であり、商品がよかった・よくない、という直接的な消費者の声とは視点が異なります。
当社のような建設業、建設コンサルタント業でも同様の傾向があり、直接エンドユーザーの声を聴ける業種のことをうらやましく思うこともあります。一方で、現実にはクレームや耳の痛い話を聴かされるという側面もあるでしょう。しかし、それに真摯に向き合ってきた企業が、お客さまに指示され、社員の働きがいを生みだし、生き残っている。だから、状況が異なるからといって諦めるのではなく、その業種・業態にあった方法でユーザーの声を把握し、社内で共有していることが必要だと考えています。当社も、昨年度から、お客さまアンケートをスタートさせました。いわゆる“エンドユーザー”にあたるお客さまは少ないのですが、それでも、当社の仕事ぶりに対する率直な、忌憚のないご意見を頂けますし、感謝の言葉を受け取れば素直にうれしく感じます。そういった「お客さまに喜んで頂く、そしてそれを自分達の喜びにする」ための活動は、どんな業種・業態であれ、取り組んでいかなければならないと改めて感じたところです。
3.丁寧に説明する熱意と社員の声を聞く勇気
今回の報告で特徴的だったことの一つとして、「理念と行動指針の解釈」を作成されたことがあります。土江さんが、島根同友会の経営指針成文化セミナーを通じて策定した経営理念と行動指針。これを社員のみなさんに伝えるために準備したものです。そこには、なぜ経営理念が必要なのか、山善商会にとってどんな意味があるのか、が記されるだけでなく、経営理念の一センテンスごとに、その意味するところの解説文を経営者みずからの言葉で書き記されています。
経営理念、行動指針を策定されて以来、朝礼で唱和するようにしているそうですが、それに先立ち、この“解釈”を社員のみなさんに説明し、表面的な文言だけでなく、その言葉が意味するところ、経営者の想いをきちんと伝える、という試みを丁寧に実施されています。この、「丁寧に説明する」という姿勢。大いに見習わなければなりません。紙に書いて配っておいたから読んでいるはず、伝わっているはず。一回話をしたから理解しているはず、などという経営者の勝手な思い込みを強く戒めて頂いたと理解しています。経営指針の浸透には繰り返し伝えることが大事、とよく言われますが、実際には中々できません。特に、丁寧に説明する、という姿勢は、本気で実現したい、何が何でもやらなければならい、という経営者の本気がなければ出来ないことだと強く感じます。
そして、もう一つ忘れてはならないのは、「社員の話を聴く勇気」です。土江さんは、今回の報告に合わせる形で、経営指針策定、そして4カ月の実践状況について社員のみなさんからアンケートを取っていらっしゃいました。「会社は楽しいですか?」、(理念・行動指針について)「毎朝の唱和で何か変わりましたか?」、「会社に望むことはありますか?」といった質問です。前向きな回答が多かったようですが、中にはマイナスの回答もあったとのこと。後ろ向きな回答、批判的な回答、経営者としては正直、聴きたくありません。いいことだけ言ってくれたらと思います。しかし、その耳の痛い話も受け止める勇気を持つこと、社員の声を聴くという行動に移すからこそ、会社が、自分が変わっていける。そして、経営指針によって未来を見据えることができるからこそ、様々な意見に耳を傾ける気持の余裕ができる、という側面もあると考えています。土江さんが経営指針を策定されて得られた大きな収穫の一つだったのではないでしょうか。
報告の最後に、経営指針成文化セミナー受講後の変化を語られました。一つは、社員との関係性。自分自身の認識が、主従関係から信頼関係へと変化したと断言されます。そして、「お客さまの喜びを追求する一つのチームをつくりたい」という自分自身の、そして会社として目指したい方向性が明らかになったとも語られます。いずれも、土江さんが本気で会社を変えたいと思い、そして自分自身が変わろうと自覚され、指針策定に取り組まれたからこそ得られたものでしょう。そして、今後の目標は「やりたくて始めた仕事では無い家業を、一生の仕事として自分のやりたい事業へと変えていくこと」、だと語れます。同じ後継経営者として、私が目指すべき境地を代弁してもらったように感じるとともに、私自身の気持ちの甘さを痛感します。大いなる叱咤激励として受け止め、私自身も切磋琢磨する仲間として、自社の事業の発展に邁進したいと考えています。